サラリーマン人生から経営者に転職・後編
(私の30代転職体験記)
新会社設立
私の構想通りに
某大手コンピューター会社の社長の許可が下り
1996年(平成6年)7月末に会社を退職し
ホテル・レジャーランド向
アプリケーションソフト開発販売の
新会社設立準備に奮闘する。
某大手コンピューター会社の全面支援もあり
1996年(平成6年)8月17日付けで
有限会社設立の運びと為り
元同僚のH事業本部長代理を
新会社の
代表取締役に就任させ
私は
専務取締役に就任する。
私が満34歳の時であった。
私が満34歳の時であった。
ハイスピードで
設立登記から事務所探し
器材備品に至る迄
たった2週間で準備し
某大手コンピューター会社の
特約店契約を締結する。
用意周到な戦略
以前の会社の受注予定物件の譲渡契約も
某大手コンピューター会社を通して行い
その物件のソフトウエア開発
並びに
システム導入から
オペレーション教育
インストラクション
(本番立ち合い)
まで
システム一式として
数十件の注文を確定させ
各エンドユーザーへ再打合わせ
並びに
既存エンドユーザーとの
システム保守契約締結に奮闘する。
二人三脚で共同経営
H社長は、
システム営業として外販を統括し
私は
専務取締役に就任し
経営管理全般から
受注営業管理~予算管理~
資金繰り~銀行折衝
並びに
システム管理~外注管理
24時間保守体制管理
営業システム管理
総務人事労務
給与計算
経理から決算処理
至る迄
怒涛の勢いで激務を熟し
順調に売上も伸びていた。
この投資が
経った1年で
30倍以上に成るとは
当時の私には
想像も出来なかった。
更に、
経営基盤を充実する目的で
翌年の
1995年(平成7年)11月に
H社長と私で出資し
資本金1,000万円に増資する。
株式の配分は
H社長が600万円
私 専務が400万円
6:4とした。
その翌年の
1996年(平成8年)5月に
有限会社から株式会社に組織変更し
改めて
H氏を
代表取締役社長に就任させ
私は
専務取締役に就任する。
気が付けば
会社設立から
怒涛の2年が経過していた。
売上は
毎年倍々ゲームの勢いで伸びていた。
当然、
システム開発要員不足を補充するべく
外注先のプログラマーをスカウトや紹介などで
プログラマーを増員した。
その為に、
事務所も
手詰まりに為り
25坪の事務所に移転し
当初の倍の
20名体制に為っていた。
又、
1997年(平成9年)の消費税増税
3%から5%の増税に伴う
システムカスタマイズの
特需効果で
大幅に売上を伸ばした。
更に、
2000年問題が浮上し
1999年(平成11年)
更なる特需効果と為り急成長を遂げる。
あっという間に
会社設立から5年が経過していた。
当初の投資が
5年で
100倍以上の
ハイリターンと成った。
ハイリターンと成った。
正に
ハイリスク、ハイリターンである。
経営者の旨味を実感した時であった。
あなたは、
人生において
夢を実現した経験は、
ありませんかぁ?
私は、あります。
強く心に念じた
夢や希望に向かって
明確な目標を設定すれば!
必ず!
夢が夢でなくなり!
希望が現実に叶う!
私は、
学生の時から事務職に憧れ
将来、
事務職に就きたい
思いが叶い
社会人として事務職に就け~
更に!
具体的な目標を立て
医療事務~
総務・人事・労務・
経理・財務・
販売管理・営業管理・
システム管理・経営管理
全て網羅し~
更なる目標設定で
会社のトップまで上り詰めたい!
信念を持って挑めば!
現実となりました。
人生は数奇な物!
私は、
翌年の
2000年3月に
人間関係に嫌気を指し
自らの設立した
会社を退社する事になる。
富も名誉も捨てて
人生プログラム放棄する!
私が満40歳の時であった。
続きは・・
経営者から接客販売員に転職・前編
(私の40代転職体験記)
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以上
